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 着地寸前

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 背景に薄く霞んでいるのが、利尻富士。
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 5月17日。木。曇り一時小雨。稚内。3241/56キロ。

 

 いよいよ残り40キロで最終目的地稚内である。徒然草でも、木登りの名人が着地寸前に注意している。「あやまちすな、心して降りよ」と。

 

 昨夜の若奥さんが、海岸線で行くことを薦めてくれる。40号線の山道に比べると17キロ遠回りだが、今日は時間の余裕はある。稚内のホテルの予約も出来ている。海岸線は風が恐ろしいが、利尻礼文サロベツ国立公園の誘惑には勝てなかった。

 

 豊富を西に海へ向かって7キロ行くと、まずサロベツ湿原があった。道路に車無し。遠く山並みが霞むだけで、人っ子一人居ない。この広大な空間を一人で占有していると、都会の人混みでは絶対に味わえない、開放感がある。それが又逆に内から充実感を与えてくれる。鴨の番、一羽の鴉、何故か鶯の鳴き声が聞こえる。梅に鶯ならぬ、笹に鶯。近くの林から、湿原の豊かな餌を求め来たものか。まさか風流にお散歩ではあるまい。

 海岸に出ると、電柱一つない原野を道路が一直線に10キロほど延びている。利尻富士を左に見ながら、軽い向かい風の中を北進する。風より、時折疾走する大型車の巻き起こすつむじ風が怖い。

 全山雪に覆われた、左右対称の利尻富士を正面に見て、海岸線の砂浜で拡げた昼の弁当は、日本一だった。

 

 気持ちよく走っていたのだが、二時過ぎ稚内まで10キロ程になって、小雨がぱらついてきた。雨はまだいい。風も一緒に吹いてきた。北の海から右手の丘に吹き付け、それが又吹き返すように、乱れ吹いて来る。それが唸りを上げて襲い掛かるときは、進めないのではない。立っていられない。

 風の合間を縫うようにして、やっと市街地に入ったら、なんとか走れた。

 明日は、最果ての地宗谷岬に立つという大事な儀式がある。

 宗谷はまた風の名所でもある。最良の着地へ向けて、幸運を祈るのみ。

 

 春寒し 利尻の富士は 雪を抱き

 

 

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