ビッグベン
ビッグベンの種を頬ばる
                         

 2004年9月11日。 興城〜綏中。55キロ。 晴れ。

 興城から綏中は、全体に緩い下り坂。今日は比較的のんびりした旅である。

 Kさんが、「色付き饅頭て、中国で何と言うのですか」、とクイズみたいなことを聞いてくる。

 日本語の説明の方を求めたら、馬糞のこと。

 これを直訳しても中国語にはならない。少し考えさせて下さいと、ひねり出したのが、「路上饅頭」だった。

 早速、四人のお嬢さん方に、謎々を提出する。

 「路上饅頭てな〜んだ?」

 「???」

 首をひねっているから、馬車が通った後に残っている物、とヒントを出したら、ケラケラ笑い出したから通用したのだろう。将来、中日辞典に「路上饅頭」=「馬糞」と載っていたら、ここに著作権を宣言しておく。

 

 昼食のとき、あまり相応しくないがこれが話題になった。

 茶目っ気満点のFさんが、更に凄いことをいう。

 「中国人の食欲と、あのでかい饅頭は関係あるのですかね」

 私達は今その饅頭を食べているのだ。

 Kさんが、「げっ」と吐き出しそうに顔を歪める。

 Tさんは、少し耳が遠い。聞こえなかったのか、知らん顔をしている。

 私は、相槌も打たないが、三人の表情をにやにやしながら、観察する。

 そのでかい饅頭が、その日の夕方また一騒動を巻き起こした。

 

 宿に着き、Kさんが用を足したのだが水洗の使い方がいまいち分らない。

 小用をしていた私にKさんが、「そこから、流し方を教えて下さい」と言う。

 来合わせたFさんが、「ビッグベンですな」と得意の駄洒落を飛ばす。

 一笑いしているところに、李さんが来た。

 「Kさんの饅頭が大きすぎて、流れない」と言ったら、李さん腹を抱えてうずくまるように笑いだした。

 騒ぎを聞きつけて、黒山の人だかりになる。

 純情ではにかみ屋のKさん、べそをかかんばかりにして立ちすくむ仕儀になった。

 もっと可哀想なのはビッグベン。衆人環視の下、やっとお引取り願った。

 

 Kさんの名誉のために、少し話題を真面目な方に戻そう。

 綏中には比較的早くついたのだが、宿捜しに少し手間取った。

 李さんと、王隊長が紹介書を片手に奔走して、綏中老幹部招待所を手配してきた。

 その間、木陰で休んでいるときだった。13才という、一人の可愛い少年が中日友好の旗を見て、不思議そうに近寄って来た。

 「大きくなったら、何になりたい?」と聞いたら、宇宙飛行士になりたいと言う。ここは中国最初の宇宙飛行士、楊利偉さんの出身地だ。

 ニーハオは日本語で何と言うかと尋ねるのに、Kさんが「こんにちは」と教えたら、一度で奇麗な発音で、「こんにちは」と返してきた。実は簡単なようで、この発音は中国人にとって難しい発音の一つである。「こにちわ」になる。「ん」に限らず、中国人は撥音便が苦手なのだ。

 子供は覚えが素直で早い。お世辞でない本気で誉めそやしたら、まだ教えて欲しそうだったので、「ありがとう」を教える。これも実はかなり日本語を勉強した中国人でも、「ありがと」になる。長音が難しいのだ。

 最後は「さようなら」。これもこの子は「さよなら」でなく「さようなら」と奇麗に言った。

  こんにちわ」

 「ありがとう」

 「さようなら」

 この三つの言葉こそ友好の基本言語である。

 「こんにちわ」と言われて誰が不愉快になるだろう。

 「ありがとう」と言われて誰が腹を立てるだろう。

 「さようなら」の別れの言葉はまた友好の再会を願う言葉でもある。

 「バカヤロ」では友好は出来ない。

 「ニーハオ」は日本語と言っていいほど全ての日本人が話せる。

 「バカヤロ」は中国語と言っていいほど全ての中国人が話せる。この違いを埋めるのも友好だろう。

 クラスで「僕日本語が話せるよ」とこの子が得意になっているだろうと、想像するだけでほほえましい。

 将来、この子が日本語の話せる宇宙飛行士になっているなんて、夢は楽しい。

 

 Kさんは、来年の9月新学期から、中国で日本語教師をする。瀋陽工業大学が一番有力だが、彼ならどこでも引く手あまた。それまで、中国語を勉強するため短期留学も計画している。まだ奥さんの批准を受ける前にすっぱ抜いたが、元新聞記者ならこれ位のことはお許し頂けるだろう。

 Tさんは、シルバーボランティアで、東南アジアの何処かで、都市計画関係の仕事をしたいとのこと。確か御専門は都市計画の中でも下水関係と伺った。長い実務経験は、発展途上国のインフラ整備に生かされるだろう。

 Fさんは、又世界の何処かを自転車で走っているだろう。願わくば、この仲間との交流も続けて欲しい。

 

 今回の自転車旅行750キロを完走できたということは、私も些か自信みたいなものが生まれた。

 お互いのビッグベンに乾杯!